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【アラベスク】  第10章 カラクリ迷路



第3節 幸せをあげるよ [1]




 湿った風に、ピアスが光る。学校にいる時には律儀に外していたリングピアスが、チカリと光った。
 別に眩しかったワケではない。だが瑠駆真はその光に目を細めた。
「華恩に喧嘩を売ったか」
 小童谷陽翔は住宅の塀に背を預け、少し身を屈めて瑠駆真を見上げる。
「大した度胸だな」
「お前の情報網も、大したものだ」
「網って言われるほどのものはもってないぜ。こっちは(ちょく)で連絡が来たからな」
 言いながら小童谷はチラリと携帯を見せる。
 華恩から、耳を(つんざ)くような怒声が届いたのはつい先ほど。
「余計な事までベラベラとっ! 私を虚仮にして何がおもしろいのよっ!」
 自分の恋心を無残にバラされた羞恥と怒り。張本人にぶちまけずにはいられなかったらしい。もっとも陽翔は、華恩の言葉を半分も聞いてはいなかったのだが。
 無様だな。
 電話の向こうで喚き散らす親類に憐れみを浮かべ、陽翔は鼻で笑った。
 想う人の心なんて、小手先だけの姑息な手段で手に入れられるような代物じゃあない。もっと、この身のすべてを捧げて追い求めるものなんだ。
「直接連絡か。ずいぶんと仲がいいんだな」
 瑠駆真の皮肉げな言葉に口元を歪め、陽翔は不敵に笑う。
「唐渓祭まであと一週間だ。もう少し状況をみて動くものだと思っていたが」
「別に、いつ動いても同じ事さ」
 淡々とした声音が辺りに響く。午後になって急に雲行きが怪しくなった。朝の予報では午後から雨。最近の天気予報は、なかなかアテになる。
 異常気象だとは言われながら、それでも秋は少しずつ辺りに姿を現しはじめている。山間部からはじきに紅葉の便りが届くだろう。ここいらの街路樹も、やがて葉を落すことになる。
 生徒会副会長室を後にし、瑠駆真はそのまま下校した。校門で待ち構える女子生徒を適当に(あしら)いながら歩くこと数分。待ち構えるような陽翔に出くわした。
「ようっ」
 まるで友にでも声掛けするかのような態度。瑠駆真は無言で対峙した。そんな二人のただならぬ雰囲気に、女子生徒は一人、また一人とその場を去った。
 昼休みを終えたサラリーマンが、足早に通り過ぎていく。雨が降り出す前に得意先を回っておこうという魂胆か。
 葉が、一枚舞った。
 (せわ)しさと哀愁が()い交ぜになった世界の中で、瑠駆真は言葉を吐いた。
「唐渓祭なんて、もう何の意味もない」
「まさか、お前がこんな行動に出るとは思わなかったよ。大迫美鶴の身の上よりも、保身が大事か」
「美鶴に手出しはさせない」
「俺が出さずとも華恩が出す」
「誰にも、何もさせない」
 瑠駆真の言葉に、陽翔は軽く口笛を吹いた。
「ずいぶんと、デカい態度だな」
 陽翔の態度にも表情を変えることなく、瑠駆真は黙って相手を見下ろす。その姿に、陽翔は笑った。
「お前、バカなのは相変わらず、か」
 そう言って、瞳を閉じる。
「まだわかっていないようだな。唐渓という世界の仕組み」
「権力の横行する、くだらない世界だ」
「くだらないかどうかなんて事については、今は何も言わないでおくぜ。問題の焦点はそこではないからな」
 そうだ。唐渓高校という世界がくだらないのか、それとも洗礼されたすばらしい世界なのか。そんな事はこの際問題ではない。
「肝心なのは、その世界を牛耳っているのが誰かって事なんだよ」
 塀に預けていた背を伸ばし、鞄を持ち直して陽翔は肩を竦める。
「華恩に逆らっても、いい事ないぜ」
「そうだな」
 多少侮蔑を浮かべた視線で相手を見下ろし、瑠駆真は右手をズボンのポケットに入れた。
「目的達成のためならば、人一人を自宅謹慎にまで追い込む輩だ。逆らったら何をしでかすかわからない」
「誤解だな。華恩は大迫美鶴の自宅謹慎とは、無関係だぜ」
「どうだかっ」
 吐き捨てるように呟き
「どうせ、廿楽が金本緩に指示でも出したんだろ?」







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